お知らせ

校長コラム

その他校長コラム

校長コラム始めました!

鍼や灸で病が治ったり、体調が良くなったりって不思議ですよね。古代の中国から始まったという鍼灸技術は、とても奥深い内容を含んでいます。それは、病に苦しむ大切な人たちを何とか救いたいという人類共通の願いと、生命が自ら治ろうとする力を微細な刺激でもって最大限に引き出そうとする工夫の積み重ねから生まれたものです。その足跡を、いくつか紹介しましょう。

東洋鍼灸専門学校 校長 大浦宏勝

 

鍼灸の発祥と起源(2)――ヨーロッパアルプス山脈の雪渓で発見された「アイスマン」

1991年9月19日、アルプスの溶けた雪の下からジモン夫妻によって、青銅器時代前期のミイラが発見されました。「エッツィ」または「アイスマン」と呼ばれるこのミイラは、その後2012年に、イタリアの南チロル考古学研究所にて解凍調査が行われ、身体特徴やDNAの型、病気や死因などが解明されました。その結果は我が国でも2013年3月24日に、NHKスペシャル「アイスマン~5000年前の男は語る~」という番組で公開されました。

ここから発見された事実は、東洋医学を学ぶ私たちにも衝撃的なものでした。47歳だったこの男は腰椎すべり症を患っており、背中や脚に入れ墨の痕がありました。その位置は、胃兪・三焦兪・腎兪・崑崙など、腰痛に効果のある東洋医学でいうツボに該当するというものでした。つまり、5300年前のヨーロッパアルプス山脈付近でも、ツボ治療やハーブ治療を含む高度な医療技術があったと推測されたわけです。

洋の東西を問わず、単純なツボ治療は新石器時代からあったのかも知れません。しかし、コラム①に述べたように、中国では戦国時代(紀元前5世紀~BC.221年)に鍼・灸・温罨法ともに医療手段として整えられ始め、「扁鵲」という名医らが活躍していました。そして前漢時代(BC.206~AD.8年)を通じて、陰陽・五行説に基づく医学の理論化が進み、後漢時代(AD.25~AD.220年)になって『黄帝内経』が編纂され『素問』と『霊枢』(当時は『針経』と呼ばれていました)として結実されました。

 

鍼灸治療に関する最古の文献とされる『霊枢』は、前漢時代の鍼灸諸流派の断片的諸文献を整理統合する作業の中から生まれた書物といえます。単なるツボ療法だった治療は、紀元前2世紀の「足臂」や「陰陽」の名を冠した『灸経』の段階で、主治症が整理され、臓腑と経脈が関連づけられ、肺経に始まり最後に肝経に至り再び肺経に戻るという経脈の流注と循環理論となり、治療ポイントとしての「経穴」が整理されてゆきました。こうして、経絡経穴理論の完成された形を提示したものが、『霊枢』経脈篇という文章です。

校長コラム① 鍼灸の発祥と起源(1)――1、中国前漢時代の墳墓から出土した金鍼・灸経・経脈人形

中国にて鍼灸が発祥した正式な年代は分かっていませんが、紀元前2世紀の前漢時代初期には、間違いなく医療体系の一つとして鍼灸の理論と道具が成立していました。

その証拠に、湖南省長沙(ちょうさ)市で発掘された馬王堆漢墓からの出土品は世界をビックリさせました。この墓は紀元前168年に埋葬された長沙国の丞相(じょうそう)・利蒼(りそう)夫妻のもので、夫人の死体はまだピチピチとしており、手には漢方薬を握っていました。また息子の墓からは、『足臂(そくひ)十一脈灸経』『陰陽(いんよう)十一脈灸経』という、経脈と主治症を記載した帛書(はくしょ)(絹布に書かれた書物)が発見されました。これらの医書は、後漢時代に完成されたといわれる『黄帝内経・霊枢』経脈篇の原型にあたるものです。

また、河北(かほく)省満城県で発掘された、紀元前112年没の中山王劉(おうりゅう)勝の墓からは、金銀製の医療鍼が5本出土しています。

さらに、四川省綿陽(めんよう)市で発掘された、紀元前2世紀の双包山(そうほうざん漢墓からは、全体が黒漆塗りで、左右に各々9本と背部正中に1本の、経脈と思われる朱漆の線が描かれた25㎝の人形が出土しました。同様の人形は、四川省成都(せいと)市の老官山(ろうかんざん)漢墓からも出土しています。

一説によれば、今から1万年以上前の新石器時代には、砭石または石針(いしばり)と呼ばれる尖った石片で、ツボを突いたり切開して膿を出したりする、原始的な医療が行われていたとされます。そこから、動物の骨で作った骨(ほね)針、竹針(「箴(しん)」の字の語源)、陶器の破片を利用した陶針(とうしん)も使われるようになりました。金属の鍼は、戦国時代(紀元前5世紀~BC.221年)頃に作られ始めたといわれます。

灸は、中国医学、モンゴル医学、チベット医学でも用いられており、中国では約3000年前に北方地方において発明されたとされています(『黄帝内経・素問』異法方宜論篇)。そして春秋時代末から戦国時代には、「灸」はすでに医療として用いられ、『孟子』には灸治療に対する記載があります。しかし、温熱による治療法としては、それを遡ることはるか昔、北京原人の遺跡から熱した石が発見されており、戦国時代には、熱した砭石を患部に当てる方法や、火で温めた石を身に付け保養する「温石」という温罨法も行われていました。