創立者 柳谷素霊
創立者 柳谷素霊

柳谷 素霊(やなぎや それい)
明治以降、衰退していた日本の鍼灸を、昭和になってから盛り上げ、現在の日本鍼灸の基礎を築いた人として広く知られている。鍼灸学の確立のためには、古典文献の研究とともに科学の目が重要と主張し、経絡的治療を提唱した。著書は『秘法一本鍼伝書』『鍼灸の科学』など50冊以上を数える。足跡は、鍼灸界に深い影響をとどめている。当校では業績を振り返るシンポジウムを開き、2009年、『柳谷素霊に還れ』(医道の日本社)を刊行した。
柳谷素霊の略年譜
| 明治39年 | 11月6日 青森県相馬町に生まれる。籍名 清助。 |
| 昭和2年 [二十二歳] |
日本大学法文学部 宗教科に入学。素霊鍼灸塾創設。素霊と号す。 |
| 6年 [二十六歳] |
東京鍼灸医学部を結成、機関誌「東京鍼灸医学誌」を発行。 |
| 9年 [二十九歳] |
日本漢方医学会を結成。 |
| 10年 [三十歳] |
日本高等鍼灸学院を創設。 |
| 12年 [三十二歳] |
拓殖大学漢方医学講座が始まり講師となる。 |
| 13年 [三十三歳] |
日本医学研究会が発足し、理事となる。雑誌「蓬松」を刊行。医道の日本社を創設。 東亜医学協会の理事となる。 |
| 15年 [三十五歳] |
古典鍼灸研究会を創設。 |
| 24年 [四十四歳] |
拓殖大学付属正明高等学校理療科科長就任。 日本鍼灸医師会連合会にて、「鍼灸の科学化と経絡治療」講演。 |
| 25年 [四十五歳] |
文部省按摩はりきゅう師養成学校認定協議会委員。 八木下勝之助翁宅にて、「八木下翁を偲ぶ会」を主催。 |
| 27年 [四十七歳] |
医道の日本誌15周年記念にて、九鍼の運用を実演。 |
| 28年 [四十八歳] |
日中独国際鍼灸座談会にてH・シュミット、許密甫両氏と会合。 医道の日本社主催「経絡経穴と現代医学の反応点」の講演を行う。 鍼灸医学講習会で「鍼灸術の本質としての経絡経穴の運用」を講演。 |
| 30年 [五十歳] |
フランス国際鍼学会の招聘により渡欧、フランス、ベルギー、西ドイツの学会で日本の古典鍼灸術を紹介。フランス、パリ鍼学会顧問に就任。 |
| 32年 [五十二歳] |
東洋鍼灸専門学校を創設、初代校長に就任。 |
| 33年 [五十三歳]〕 |
東京都按摩はりきゅう柔道整復審議会委員となる。全国養成施設長会副会長となる。 |
| 34年 | 2月20日 東京逓信病院にて、永眠。享年数え年五十四歳(満五十二歳) |
※略年譜は数え年。
※写真でみる業績は満年齢。
写真で見る海外での業績
昭和30年(1955)6〜9月にフランス国際鍼学会の招聘により渡欧。海外に日本の古典鍼灸術を紹介しました。
バラーデュポン博士の治療室で実技指導。後向はデュポン博士
フランス医師に鍼の実技指導をする柳谷素霊
写真で見る業績

昭和6年(1931)2月20日。25歳。東京鍼灸医学研究所(東京両国)修業式 東京鍼灸医学校(東京両国)修業式

昭和9年(1934)2月20日。28歳。東京鍼灸医学研究所(東京両国)修業式 東京鍼灸医学校(東京両国)修業式

昭和16年(1941)11月3日。「十四経発揮」の滑伯仁の六百年祭

昭和23年(1948)42歳。巻頭言を執筆する柳谷素霊。昭和27年6月号の口絵写真

昭和28年(1953)6月。47歳。日中独国際鍼灸座談会に出席。柳谷素霊写真右

昭和30年(1955)1月8日。49歳。医道の日本社編集会議。左より竹山、西沢、戸部、本間、丸山、井上、石野、柳谷の諸氏






